「紫の輝き」

先代:伊神照男

もの造りには、親も子もありません。兄弟も、夫婦も、男も女もありません。
あるのは、個だけ。その意味で、もの造りは、生き物の原始の姿なのかもしれません。

小ざさの羊羹と最中は、わたくしの実父、伊神照男が生涯をかけて創造した、ひとつの芸術品です。もともとわたくしは父と違う方向、写真の道に進んでおりました。しかし、「お前たちに何が出来るか」と、たえず圧力をかけられていました。つぶされるか、はね返すか、逃げ出すか------そんな葛藤のなか、よし、それなら、とカメラを封印し、餡を煉る「ヘラ」を持とうと決心しました。

「もう一煉り」
「対角線の中心を探せ」
「四つの交点を掴まえろ」
父は試食のたびに、一言、二言の言葉だけ。
「これでいい」とは一度もいいません。
よし、明日こそはと幾度思ったことでしょう。

そんな時、或る時から風が見えはじめました。
或る時から、澄んだ炭の炎を力強さを感じることができました。
或る時から、小豆の、紫の一瞬の輝きの声が聞こえてきました。

そして、その時からの父は、試食をしても「うん」と言って、あまり言葉を言わなくなりました。 父が自分で煉っていた時、父も風を見、炎を感じ、紫の輝きの声を聞いていたのかもしれません。

父、伊神照男はいまから11年ほど前に他界しました。 残されたわたくしたちは、全身全霊をこめて、父の創造した小ざさの味を造り続けています。

平成15年 文月 小ざさ代表 稲垣 篤子